私たちはこの半年間の危機を通して

いや未だ終わってはいないこの危機をじっくり見直して

この国をあるべき本来の姿に

戻さなければならないのではないでしょうか

 

誰もが今の自分の生活が

これまでどおりに平穏に続くことを願います。

 

しかし、この平穏が実は、あってはならない間違った事実の上に積

み重ねてきたものだとすれば

いつかグラグラ崩れ去るのは当たり前なのだということに目を向け

るべきではないでしょうか。

 

私はチベットやウィグル、モンゴルの悲惨な状況を知るたびに、

ここまで彼らを大きな苦しみに追い込んだのは日本にも責任の一端

があるのではないかと感じてしまうのです。

もちろん加害者となってという意味ではありません。

見過ごしてしまったという意味です。

いや認めたことにさえなっていたのかもしれません。

今のウィグル等の状態を考えれば、もし臓器移植などに日本がかか

わりを持っていたとすれば、その罪さえ共有していることになりか

ねません。

 

それはかつて若い僧侶が二人、チベットの人たちの苦難について訴

えてテレビに出たことがあったからです。その後、ツイッターをす

るようになって後、同じ動画を見たこともあります。

その時日本の仏教界が彼らの言動を支持していれば、世の中はもう

少し動いていたのではないか、そんな気がするのですが、仏教界が

かかわってくれないので二人でテレビで訴えたというような内容だ

ったと記憶しています。


日本人が少しでも早くこの残酷さを共有できていれば、世の中は

少しはちがったのではないかでしょうか。

かつて水平社創立の頃から、国民懺悔の立場から融和運動を提唱し

1924年に結成された本願寺派(西本願寺)の融和事業団体一如会の会

長を務め後参議院議員にもなった梅原真隆のような方もいらしたわ

けですから、この残虐な行為に少しでも注意を払っていれば、なに

かの抑止力になったのではないかという気がしているのです。

そののち両国の深いかかわりで経済が繋がっていった以上、われわ

れ日本人がこの悪行に全く関わりがないと言えない心の負い目を背

負った気がするのは私だけでしょうか。

良い意味に解釈すれば、相手国がそのような非人道的な行いをする

はずがないと考えたのかもしれませんが、今からでも遅くはないと

思います。

むしろ人の心を正しく導こうとする宗教界こそが、こうした悪意あ

る行為にハッキリした意思表示を求めたいと思うのです。

 

私には大学の経営ということはわかりません。

ただ、龍谷大学は、私世代の人間にすれば、西本願寺の経営であり

お寺の跡継ぎ、門徒の熱心な子息や子女たち、そうした人たちの縁

ある大学という認識でした。

私が「無量寿経」や浄土真宗の知識を得ようと検索するうちに『親

鸞会』を脱会した方のブログを読んで驚いたのは、このカルトと

も言われる「親鸞会」が龍谷大学、大谷大学という浄土真宗系の大

学学内で勧誘が行われたということでした。しかし、考えてみれば

宗祖親鸞聖人を頂く浄土真宗系の大学だからこそ関心を呼ぶことが

できたのでしょう。

今は「龍谷大学」を調べても宗教色はあまり感じませんが、やはり

そこには浄土真宗に関わりのある方、関心のある方も在籍している

のではないでしょうか。仏教学部というのはないようですが、文学

部の中にあるようです。

また、調べ物をしているときに参考にした「ウィキアーク(WikiArc.wikidharma.org)は西本願寺系の管理だと思うのですが、龍谷大学とは無関係なのでしょうか。

ですので龍谷大学と無縁の私ですが、深い関心があります。

しかし、その理事を福山哲郎さん立民・福山幹事長がされているこ

とを知り、少し驚きました。国会でのお人柄を考えたとき、日本人

の精神性の主流でもある浄土真宗の学問の源流ともいえる大学の理

事をされている。

このことに違和感をおぼえたのです。これはきっと私の偏見でしょ

う。

     ?なっかー??@c9moy60GuFINmG1

えっと

日本国民が新型肺炎に不安を持ってた時に国会で桜桜いってま

したよね?

今も桜桜言ってますよね?

スタートを遅らせたご本人が何いってるの?

↓↓

立民・福山幹事長、新型肺炎の政府対応「スタート遅れたので

は」

https://www.sankei.com/politics/news/200218/plt2002180054-n1.html@Sankei_newsから

氏の国会でのお人柄は大学の理事を務められるお人柄とは違うのか

もしれません。他の大学でも理事や、教授をされていますし。

ではなおさら、日本の仏教界が世界の醜い闇の部分に眼をむけるよ

うに努力をなさっていただきたいものです。

日本がこのままこの隣国の大罪に目をつぶったまま、なおかつこの

ままかの国に関わりながら経済発展をしていくなどということは、

きっと許されることではないのではなかろうかと考えるからです。

 

 

少し話が変わるのですが、

あるお寺のホームページが消えてしまいました。

『無量寿経』を独学で勉強しているとき、とても良いホームページ

に出会いました。

管理人さんは仏教系の大学は出ていらっしゃらないということでし

たが、たしか、子供さんをなくされた方だったようですが、奥様の

ご実家のお寺を継ぐために専門学校に通われて継がれたというよう

な内容だったと思います。

まさかお寺のホームページがなくなるなどと考えてもいなかったの

で、なにも控えがないのです。

ですがある日、コメント欄に外国の姓の方の怖い書き込みがあった

のでしばらく訪問していなかったのですが、次に訪問したとき「エ

ラー」更に次には「危険なサイトです」、何かそういうサインが出

たのです。今は全く見つかりません。

とても良いホームページだったので残念なのですが、門徒さんや跡

継ぎがいなくなって廃寺になるケースなどもあるようなので事件性

とまでは言えないとも思いますが、日本の仏教界もいろいろ悩まし

いことだなあと感じています。

それだけに、学生時代2年間「歎異抄」を教えを頂いた先生の言葉

が思い出されます。

通常の善悪が時代や支配者の立場によって左右されることがあるが

仏教はそういうものに左右されない不変の真理を求めることだとい

うことです。

戦後30年をまだ迎えていなかった頃の先生の言葉です。女子大生に

車の中に閉じ込められたこともあったそうです。

日本の精神世界の研究者、探求者たちには、是非この国の若い人た

ちの為に、真理を求め続けてもらいたいものです。

ところで少し話が飛びますが、私はこの度の東京都知事選では、

桜井誠氏を押し、と言っても私は東京都民ではありませんので、リ

ツイートで応援していたのですが、そこではメディアの矛盾も感じ

ましたし、また桜井氏や日本第一党の行動、さらに彼らの過去の行

動などからの賛否も様々ありました。

 

私が桜井氏に注目したのはもうずいぶん前のことですが、それは

彼の手法いかんに関わらず、彼によってこの戦後日本の矛盾に気が

付いたという点です。だから前回の知事選も注目しました。

 

ですから支持者が増えることも良いことだと思っています。支持

者は様々ですが、支持者であろうと嫌いであろうと、いずれにして

もこの問題に真剣に向き合う姿勢の人が増えることが大事だと考え

るのです。

 そして今回は当選された小池都知事が、二階自民党幹事長の影響

を受ける方と感じるからこそ、例え一票でも多くの票が桜井氏に回

ればと考え、応援していました。

 

そうした中、沖縄の自民党員の方のツイートは心を打つものがあり

ました。「10年以上役場に勤めてあらゆる生活困窮者を相手にして

きた」「命がけで恫喝、恐喝、暴力の危険にさらされるなんて日茶飯事。」との実体験から桜井氏の方がきれいごとを言っていると感

じておられる。また別の方は「市役所や役場にお勤めの方にお願い

があります。すぐに警察呼んで下さい」と書いておられる。

たしかに普通に考えればそうなんですよね。

 

だからこそ、知らない人に知ってもらう必要がある。例え一人の人

の理解が増えるだけでも価値がある。これは先程書いた二階氏にま

つわる問題とは違う問題です。しかし、いずれにしても掘り起こし

理解しなければならない点という意味では重要だと思うのです。

その思いで桜井氏応援のリツイートをしてきたのです。

 

そんな感想を持っていたとき、ふと、沖縄の自民党とは誰の影響下

にあるのだろう、という疑問がわきました。

 

沖縄の那覇市市議会議員大山たかおさんは篠原常一郎さんも応援さ

れている方ですが、その方の選挙応援に福岡県の市議会議員さんが

応援に行かれていました。その様子はその市会議員さんのブログで

読んでいましたし、その市会議員さんも日本の為に果敢に戦うとい

う姿勢がほほえましく応援していました。

ただ、その方が大阪自民党の応援に行かれた時のことだったか、維

新に対する攻撃的な表現はあまり好きになれませんでした。

 

大阪自民党の動きに関しては国政自民党についてさえ疑問を持っています。そのことは以前このブログでも取り上げました。

 

また4月には次のような経緯もありました。

 

吉村府知事、松井市長が懸命にコロナ対策をしている中で、自民党

衆議院の二人の議員が足を引っ張るツイートで印象操作に走る。

さらに足立康史衆議院議員の元には大阪自民の国会議員から電話が

あり、「早晩、大阪もオーバーシュートして吉村さんの人気は地に

落ちる。都構想もムリ。早く自民党に来た方がいいと。」とのこと。

 

これって、未知のウイルスの日本上陸で大変な時に、既に問題がな

かったことがわかっているカケ問題、安倍総理との関係のない森友

問題、さらに人のことが言えるかとしか言いようのない桜を見る会

そんなことばかり国会で取り上げ、大切な問題の審議をさせない特

定野党の行動となんら変わりませんよね。

 

それでも自民党衆議院のツイートにリツイートしている方も維新に

手厳しい意見をおっしゃっているので、私も自民党側の主張も聞い

てみようかと思い、『国民が知らない反日の実態 橋下徹の正体 

否両論!?橋下徹の真実』というブログを添付している人(フォ

ロアーさん)

少し勉強させていただきます

維新の努力実力は評価してます

昨今の大阪自民の議員さんのツイートには特定野党と同じ匂い

を感じ、昨年二月?の太田房江さんの質疑では大阪自民の維新

評価の現実を感じました

ですが大阪都構想を認めることは外国人参政権を認めることと

の意見もあり勉強してみたいと思います

https://twitter.com/free135/status/1252051441700630528

posted at 13:52:52

とリツイートしたところ、全く別の方からのリツイートがあり内容

は覚えていないのですが、約2時間後、その別の方に

残念ながら、現段階でこのような発言をする人も団体も、私は

支持できないのです。

何故頑張っている吉村知事や松井市長に協力して、府民一丸と

なって、この困難を乗り越えようとなさらないのでしょうか?

国政もメディアも同様です。

人の足を引っ張る事ばかり。

先日のツイート自民の方も同様です。

https://twitter.com/o_omae/status/1251455326517227520

posted at 15:41:33

と返しました。

 

今この相手の方からはブロックされたようで、何を言われたのか見

ることができない状況です。

この方が自民党員がどうかは分りません。

 

ただ、この頃、自民党の議員さん等がこうした維新の足を引っ張る

ような、府民のことを考えているようには見えない、自分たちのこ

としか考えていないのではないかというような発言をされていたこ

とは記憶にあります。

維新に関して手厳しい意見の中でも、本当に維新の行動に疑問があ

ったり日本の為にならないか心配しているのであるならばそれは建

設的で大阪や日本の為になることでしょう。しかし、煽ることが目

的で大阪自民復活の為の戦略として行っているとしたら、それは結

局誰の為にもならないでしょう。大阪自民が過去の反省をせず、利

権回復の為に他人を突き落としても良いというような思考で行動し

ているとしたらその考えは自民党を政権党としての器からも落とし

てしまいます。

 

さて、こうした大阪自民党の雰囲気と、福岡の無所属市会議員さん

の大阪維新への手厳しい発言、そしてその方が沖縄にも応援に行っ

ていらっしゃること等を考えたとき、私の妄想は、つい自民党の重

鎮の方での繋がりを想像してしまうのです。

大阪自民がその方の影響下にある、というのは考えやすいですが、

沖縄もとなると、少し怖い気がします。

親中派、親韓派の方が多い自民党の影響下ということは、野党が強

いということよりもはるかに問題が大きい気がします。

 

実際のところ何があるのか、わかりません。本当に国に害すること

をしているのか。本当に誰のことを思っての行動なのか。ハニトラ

やマニトラあるいは臓器売買等の弱みを握られているのか。

世間ではそういう噂も流れている。でも私自身は知らない。

私の妄想です。

 

ただ素人の目で、政治的な発言をする方たちを見ていて、

一つのことに一生懸命頑張っている姿も良いなと思いはするのです

が、少し視点を遠くにしてみることも大事ではなかろうかとも思う

のです。

 

あるツイッターの方、その方のことも信頼尊敬はしているのですが

その方はある若手議員さんを応援していて、彼を離党させた維新に

不信感を抱いていらっしゃるようですが、私は個人的にある時点か

らその議員さんに不信感を抱いていました。

あるユーチューバーがA議員に対して、まるでその議員の為を思っ

ているような口ぶりで非難したことがありましたが、その時私はそ

の若手議員さんのツイートの中にA議員への暴言を見て、その人格

を信じることができなくなりました。当時はまだ維新の中の人だっ

たので、維新も人材集めにもう少し注意も必要なのでは等と思いま

したが・・

そういう人柄が結局大きな失敗の原因だったのかもしれません。た

だ、若い方です。失敗は次の成長のステップにもなります。頑張っ

てもらいたいと思います。

 

いずれにしても、物の見方、角度は様々です。選挙と言っても、個

人の人格までは分りません。まして組織的な戦略に基づいていたり

メディアの偏向性を乗り越えてみきわめることなど素人ができる

ものではありません。

 

ただ、誹謗中傷に走ったり建設的でない考えの中に真実は見えない

し、少なくとも組織の中の人間でない自分自身は、一人の人や一つ

の党に埋没すべきではないと思っています。

 

私も以前、安倍総理や青山議員等の「護る会」の議員さん達を応援

する意味でも自民党員になるべきかと考えたこともありました。

勿論大きな政党だからこそ成し遂げられることもあります。改憲な

どは一番成し遂げられなければならないことの一つです。

でも実際にはできない。

では党を割ったらどうなるのか。

 

よく考え見極めないと、意図したこととは違う形で、一人の人間の

誠意が利用される。賢明かどうかは、まさにその人々の真実の姿を

よくよく見極めなければならない。自分が何を求めているのか。相

手が何を求めているのか。思いこみ、思い違いではないのか。錯覚

ではないのか。はめられているのではないか。自分の進んでいる方

向は自分の意図した方向を目指しているのか。自分の目的はどこな

のか。相手はそれを捧げるに足りる相手なのか。

心地よい言葉に騙されてはいけない。

本当に求めているのは正しい社会。考えの違う相手を打ち負かし、

倒すことが目的ではない。切磋琢磨しより良い社会を目指すこと。

政治家たちよりむしろ支持する人々の人間性が求められているのだ

と思う。

 

よく「反日マスメディアと売国野党議員」等と言われるが、警戒

べきはそれだけではないと思う。

特にコロナ下での野党とメディアの劣化ぶりはあきれるばかりだが

政治も自民党が良いと思って支持してきたけど

大阪自民の劣化にはあきれてしまった。

しかし、思い起こせば

国士だと感じブログも読んでいた地方議員のブログでの維新への批

判に感じた違和感。

今考えれば、以前書いた太田房江議員の予算委員会での発言への違

和感と共通するものがあるのかもしれません。あの場のやり取りの

まるで大阪の維新の数年間の活躍等なかったかのような小芝居!

国政自民さえ大阪自民が大阪を取り戻すために同調して動いている

のではないのか

だとすれば、自民党とひとくくりで同調してしまえば、私たちは道

を大きく踏み外す気がしてなりません。

今二階氏ひとりが矢面にたって、親中派媚中派の議員としての注目

を集めていますが、それは目くらましではありませんか?

本当は皆さん関わってはいませんか?


716日のリツイートから

Dappi@dappi2019

 

委員長が共産党に質疑を終らせるよう促す

無視する共産党

委員長「維新の時間と」再注意

やっと質疑を終らせる

委員長が急いで維新の質疑をスタート

維新は冒頭発言だけで質問はNHK中継されず終了

 

共産党は維新にこういう嫌がらせを頻繁にしてます。

質問時間を守れないの?

#kokkai https://pic.twitter.com/QCflq6ae4X


足立康史@adachiyasushi

いつも自らの発言権には敏感な共産党は、他党の発言権には無

頓着。というか意図して侵害して悪びれる様子もない。共産党

は最悪。しかし、自民党予算委員長もダラシない。

 https://twitter.com/dappi2019/status/1283356250659368962

共産党が自身の質疑を長引かせその為維新の質疑がNHKの中継時

に入らなかったことなども、大阪の維新人気をかき消そうとする動

きにまで見えてしまいます。

少なくとも前回の選挙、大阪では自民党と共産他の野党が協力して

知事候補の応援をしていました。この違和感は他の自治体の方たち

には理解することができないかもしれません。それほど自民党にと

って大阪は取り戻さなければならない思いが強いのかもしれません。

  

私が共産党のこの行動に、自民党の大阪を取り戻したいとの行動と

の連携を疑うのは理由があります。既に過去に実例があるからなん

です。その時には共産党や同和解放同盟の垂れ幕さえ自民党の知事

候補の車にありました。

 私のこのブログの過去記事「2019年04月04日

【今は国政の自民党を支持する】素人の感じた大阪入れ替えダブル

選挙と万博誘致」というとても長いセンスのないタイトルの記事を

是非読んで下さい。http://aoume.blog.jp/archives/1074374889.html

ただし、引用した動画は見ることができなくなっています。

 

 この記事を書いた時点での違和感は、何故橋下徹氏以前の知事経

験者を予算審議の質問者として登場させ、大阪維新の歴史を丸っと

なかったことにして、過去の自民党府政を自画自賛するのかと言う

事であり、そこから始まった記事です。

 当然大阪府民が橋下氏以来の大阪維新の会を選んできた実績が無

視されているのです。

 IR誘致というおいしい獲物を利権を手に入れた当該地域の旧利権

者の、彼らにまつわる国政政党を巻き込んでの宣伝戦と見えてもお

かしくはないではありませんか。利権は自民党だけではないとのこ

とでした。ダブル選挙時には共産党や同和解放同盟の垂れ幕さえ自

民党の知事候補の車にあったのです。

 だからこそ、先程の足立康史さんやDappiさんのツイートの共産

党さんの行動を私は11月の都構想住民投票に絡んだものだと勘繰る

のです。4月の自民党議員やその周りの人たちのツイートにも疑い

感じています。

 やっていることは人としておかしいし、彼らの利権が本当に日本

や大阪をよくするものなのかきわめて怪しい。

 特定の重鎮議員を名指しであげ売国行為をする人を選挙で落とそ

うと言っている方もありますが、私には自分が人目を引いて肝心な

処から注意をそらしているように思えてならない。それで社会が変

わるなどとは思えないのです。根も闇も深いと感じざるを得ない。

親中派親韓派の発言の狙いは、その発言が相手国にやっている感を

発信していることは当然でしょうが、その利権の中での動きにまで

メッセージを送っているのではないか。

 素人の想像です。

 ただ、本当にこの国の清浄化を願う保守であるのなら、彼らの尻

馬にだけは乗らないでもらいたい。大局をみて欲しい。正しく行動

して欲しいと願ってやみません。

 勿論自民党が割れるのは良くないとも思います。しかし、安倍総

理が思いのまま動けないでいることはよく言われていることです。

沢山の派閥が協力しての自民党だとも思いますし、その人気によっ

て安定した政権が保証されていることも事実ですが、知ってか知ら

ずか、民意を無視した人でなしの転覆劇に力を貸すような行為は結

局自分の身を、この国の命運を滅しかねないと思います。

実際、大阪の事情を知らない、維新のこともわからないで、大阪を

左翼、左翼寄りだとツイートしている人がいたり、大阪都構想に反

対していたりしているのを見ると、もう少し距離を置いて、時間を

おいて、大阪の人たちが選択するのを見守ってもらいたいものだと

思います。

 










①②を終えた時点で、225日でした。

なんだか引用ばかりになってきてしまいました。

この後3月に入り全国の小中高の臨時休校要請に続き、4月には緊急

事態宣言が発令されます。

最初は不安もありましたが、多くの国民は大きく取り乱すことな

自分たちの周りにいる人間を信じ、政府を信じて、なんとか几帳面

に「うがいと手洗い」に励み、切り抜けてきています。

それでも、志村けんさんや岡江久美子さんなどの訃報は
とてもショックでした。
それ以外にも、外国に比べれば少ないとは言え
沢山の亡くなられた方がいらっしゃいます。
ご冥福をお祈り申し上げます。

ここにきて、また首都や大阪等再び感染者数が増えてきています。

それでも私たちは乗り越えなくてはなりません。

ところが、このような世界的なウィルス感染危機の中にあって、
さら
に記録的な豪雨災害に襲われた日本です。
通常の梅雨とは違った自
然の姿に驚かされました。

昨年後半のNHK連続小説ドラマの中で、主役を演じる戸田恵梨香さ

んが、息子が不治の病になったことを知って「何も悪いことをし

いないのに」と語るシーンがありました。

日本は自然災害の多い国です。何も悪いことをしていないのに、

大きな不幸に巻き込まれることがある。このことを私たちは痛いほ

ど知っているのです。

私たち人間を生かし恩恵を与えてくれる自然ですが、同時に自然は
厳しく
人間の前に立ちはだかり、生き残る資質を我々に問いかけま
す。

その厳しい自然の中にあって、悲しんだり苦しんだりしながらも、

我々生命を生み出し育み生かしてくれる自然の恩恵を受け止め、
謝し、ただ実直に乗り越えてきたのが日本人だと思うのです。

現代の私たちは、その知恵を、魂を受け継ぎ繋いできた祖先たちの

たくましさと子々孫々まで幸あれとの願いをこの身に受けて、その
お陰でこの21世紀の文明を謳歌できているのだと思います。


 

改めて、今年1月からのリツイートの記録を見ていると、1月の18

日にようやくこの新型肺炎に関する話題をリツイートしました。

 

そして、215日、103回ピースボートオセアニア一周クルーズ

が横浜港へ帰港したという記事は私を驚かせました。翌日には神戸

港に入港、しかも、どこにもこのニュース記事がないとのこと。余

計不安にさせられました

 

神戸には家族もいます。関西に帰る予定だった私は急いでマスクを

買いに走りました。

普段私は田舎に住んでいます。

数日前に見たときにはあった筈のマスクがその時にはもうスーパー

の店頭にありません。仕方なく薬局に行きましたがこちらにも無く

それではと布マスクを求めました。小さい子供たちには給食用マス

クを購入。ともかく人数分×二枚用意しました。そしてAgイオンス

プレーを1家族1本分ずつ。消毒用アルコール1本しか手に入り

ませんでしたが、ともかく小さい子供のいる家族のみ渡すことにし

ました。薬局2件まわって、それだけ手に入れ関西に帰りました。

ただ、その頃はまだ私の帰った関西の地方町では、スーパーなどで

もそれほどの緊張感は感じませんでした。

 

その後一度普段住んでいる田舎に帰った後、2月末に叔母のところ

行くと、別居しているタクシー運転手の従姉妹が年老いた叔母達

を心配して、姉妹や子・孫たちに叔母宅への出入りを禁止したとの

こと。年に一度の挨拶訪問ではありましたが、何事もないことのみ

願い、幸い事なきを得ました。

 

このような経緯を振り返りつつ、どうにも納得できない事柄が心に
ふつふつと沸き起こってしまいます。

 

 

国外の感染者数が全体の1%以下にとどまっていることに「中国は

界の公衆衛生のために多大な努力を払った」と自賛。』と215

産経ニュースにある「ミュンヘン安全保障会議」で演説した中

王毅外相には唖然としてしまいました。

 

「中国の国家主席が来日されるという事に国民を

   挙げて歓迎する事が大事。」二階幹事長

「都が防護服最大10万着提供へ 二階氏の要請受け」

マスクや防護服をどんどん中国に送る地方自治体

 

国内ではマスクを爆買いして品不足にする人が現れ、おまけにテン

バイヤー等と言われる人たちが高い値段をつけて売ろうとし、

二階氏が中国に感謝し森法務大臣がアリババの創業者に感謝し、

またリツイートはしなかったので今ハッキリとした記録はありませ

んが、どこかの国際機関の偉い人が中国に感謝する。WHOの事務総

長も中国の意向に沿ったとしか考えられないような判断を繰り返す。

いったいどうなってしまったんでしょうか。

皆さん、人としての感性を失ってしまったの?

おかしくないですか?

いえ、別に感謝がおかしいわけではありません。

人が感謝の心を持つというのは豊かな精神の現れだと思うし、謙虚

な姿、相手を思いやる行為でもあります。

 

でもわざとらしいんですよね。

ずれているんです。

武漢からの発生したウィルス。

初期対応のまずさ。

現地が大変な事になっているのは理解するから、追い詰めたいとは

思いませんが、何故こちらが感謝をしなければならないのか?

その矛盾がくすぶるのです。

 

 

この世界中を感染の渦に巻き込んでしまったウィルスに私たちは

戦々恐々としているけれど、それでも私たち人間は、自然の中で、

世界の中で地球の中で、生かされている存在です。

なにもここで宗教的なことを唱えようとしているわけではありませ

ん。まあ、宗教もその一つかもしれませんし、宇宙科学、自然科学

、生物学、医学等々。私たちの周りにある、人類が積み重ねてきた

叡智のすべてを含めて、その過程を含めて、私たちはその中で生か

されている。人とのつながりもそうだし、その中で積み重ねられて

きた時間も歴史も、私たちは受け止め感謝し、よりよい未来を築く

為に、心の器を作っていく、

そのことの為に、このウィルスの蔓延によって、現れた世界をもう

一度見直していかなければと思ったのが23月のことでした。

 

私が最初に「これは変だ」と思ったのは、先程も書きましたが、

二階氏、森大臣、どこかの国際機関の偉い人、皆が一様に感謝を述

べることからでした。そして、このあまりにも作られた感満載、茶

番劇としか言えない、感謝の実質の伴わない(少なくとも多くの国

が感謝したくないと思ってしまう)感謝劇場は、現実の世界がい

かに歪んだものとなっているかのバロメーターでもあります。

私のような政治に疎い人間でも、親中派、親韓派と言われる議員の

方がいることや、その方たちが決して日本の為に行動しているよう

に見えない現実は知っていましたが、このウイルスの蔓延によって

外国人の入国禁止や経済交流の破綻によって、彼らの動きが更に先

鋭化したのではなかったかと思ったのです。

そしてそれは人のあるべき姿からは、社会や自然のあるべき姿から

は遠くかけ離れているのではないか、と思ったのです。

 

人間関係とは文字通り人と人との関係です。それぞれに自己主張が

あり、そこで言い争ってみたり、話し合ってみたりして理解し合っ

たり、自分の意見を押さえて相手を受け入れてみたり、自己主張を

通したりと、よりよい社会を築くための努力をします。日本では、

西暦604年制定の「十七条の憲法」で話し合うことの大切さが説か

れ、720年完成の「日本書紀」に文献上の初見のある『太祓詞』に
「神
様が話し合う、神々が相談し決定する」記述があり、人間関
係、や神様の世界でさえ、話し合うという考え方があったのです。

ところが、この新型肺炎が世界に蔓延する危機感に恐れおののいて

いるさなかに、まるで示し合わせたように、いや示し合わせたので

しょうね、または強力な指示があったのでしょう。このウィルス発

生の元となった国にお礼を皆で言う。しかも、その前には自国が困

るほどのマスクや防護服を送っているのにも関わらずです。お礼を

言う前に返してもらってくれ、ですよね。後先も考えずに、自分た

ちの命の綱を分け与える、それがご自分のものならどうぞお与え下

さい、素晴らしい方ですね、と言えますが、国会議員や地方自治体

の長や公務員であるのならば、話は違います。国民や自治体の住民

の皆さんを守る義務があるのではないでしょうか。その為に選ばれ

お給料を頂いているのではないでしょうか。

巷でもいろいろ中国の狙いについて言われておりましたが、私な

にはたしかなことは分りません。

ですが、不合理であることは分ります。

根本はそこなのです。

不合理なことを押し通そうとしているということなのです。

これが、私が「自然でない」と感じるところなのです。




以前
NHKで「これは経費で落ちません」というタイトルのドラマ

ありました。そのとき主役を演じる多部未華子さんが「イーブン」

という言葉を使っていたことを思い出します。

私は経済とか経理とかが苦手な人間ですが、それでもお金の動き

をきちんとしていれば、行動の記憶の抜け落ちていた部分が把握で

きる経験はあります。お金はとても正直だと思います。また、この

ドラマのいろんな場面での「イーブン」という言葉も好きでした。


ここでは、この「イーブン」という言葉で、「私たち人間存在」と
うことを当てはめてみたいと思うのです。

 

現代は科学も進み医学も発展しています。

お釈迦様のお話の中に、愛児を失った女性が悲しみに苦しんでお
迦様に子供を生き返られて下さいとお願いする話があります。女性

はお釈迦様から「その薬をつくってあげるから今まで死者を出した

ことのない家からけしの種をもらってきなさい」と言われ、捜し歩

きますが、死者を出していない家などある筈がありません。

また子供の頃の記憶に、白い着物にくるまれた赤ちゃんの遺骸を

いて階段を下りてきた若いお母さんの姿があります。近所のお家

お悔やみに行った時の事です。学生時代には周産期死亡率を少な

するというようなことも学んだ記憶もあります。

こういうことを思い出す時、人間は大切な人との死別から随分解

されてきたんだなと感じます。

それでも人は更に不幸をなくしたいと努力しているのです。

 

科学がどんなに進もうと、人は宇宙自然の中から生まれ、自然に生

かされている存在です。

科学や文明が進んで豊かに安心して暮らせるようになって逆に、生

かされているという事実を忘れがちになります。

でも実際には、人類のたゆまない努力の蓄積の上で初めて私たちは

安心で安全な暮らしを得ているのです。

例えば水です。

田舎で水道も来ていない我が家は、50年以上前に父が引いたパイプ

で川の水を頂いて生活しています。近所では井戸のお宅もあります

が、相当深く掘らないと水が沸きださないとのこと。道が狭く、大

きなボーリングの機械が入らないので、たよりは川の水です。しか

し、少し大きな雨が降ると砂やゴミでつまり、猪に荒らされ、常に

メンテナンスが必要です。

それ以前の昔から比べれば便利になっていた筈です。川やパイプが

なければ桶に水を汲んで運ぶことも当たり前だったでしょう。

そういうことは今の都会の生活では考えられません。

でも反対に私は、川の手入れに行く度に、その場所に感謝し、その

山に感謝し、そしてそれらを生み出した宇宙の根源に向かって感謝

してお水を頂きます。

不便や困難は足元を照らしてもくれるのです


何も悪いことをしていないのに、大きな不幸に巻き込まれることも

ある。このことを自然災害の多い国日本人はよく知っています。

そして自然の厳粛さも知っています。

だからこそ、日本人は、人間の神性の「こころ」が大切だと感じた

のでしょう。

 

私が今回の顛末を見ながら思ったのは

私たち人間が生きているその営みと自然の関係です。

私たちは自然の中で生かされている!

生かされてきた!


根本は我々人間の位置づけ

宗教、哲学、倫理!
そのようなものは人それぞれ、社会や地域によっても違います。

問題は人間の立ち位置をどこに置くかではないでしょうか。

 

猪やねずみは、あるいは

人間以外のすべての生命はといったほうが良いかもしれませんが

明日の自分を思い描き、計画を立てて行動することはない

今自分が生き延びるために必要なことにまい進する

その行動によって、他種(人間)の生活が脅かされ

そのことによって、対策が練られ、自分の命が危険にされられると

しても、その生き方しか彼らにはない。

彼らは生き延びることが使命であり、そのことだけに全精力を注ぐ

  

しかし、人間は知恵を備えてしまった

人間存在の有様とそれを取り巻くすべてを理解する知恵を持ち、

進化進歩してきた

それが人類の歩み。

他者があってこその人の営み。

他者の生きざまを尊重し、より良い社会を目指すところに未来が望

める。それが人間社会だと思います。

嘘の上、マイナスの上に物事を積み重ねても、
手抜き工事の建築物と一緒

 

なのに現代のこの不可思議な世の中はどうしたことでしょう。

うそばかりメディア社会はどうなっているのでしょう。

この世の中にはいろいろなはかりがあります。

あの主人公が語るイーブンもそのわかり易い一つです。

生かされているという謙虚な立場は、案外忘れがちなものです

生かしてもらっている自然界

私たち現代人の便利な生活は過去の人々即ち祖先や

社会生活の中での様々な人々の恩恵の上に成立っている。 


それを自覚感謝してこその「イーブン」ではないでしょうか。


裏切ったり陥れたり、自分だけが優位に立とうとしたり

他者を蹴落とし押しのけて手に入れる優位には

必ず落とし穴がある。

無理が通れば道理が引っこむ。

そんな無理は何時までも続くはずはないもの。

そんな無理を押し通させてはならない、

不合理な実例を見つけ、押し通させない勇気を身につけなければ

お互いが地獄を見ることにもなる

つまり、自分が助かりたければ相手に悪意を押し通させない

悪意に染まっても、認めてもダメ

インバウンドに染まりすぎた日本の地方の経済が

この武漢肺炎のおかげで違う道を探さなければならなくなった、

まさにこれこそが、天意だと受け止めることが大切なことだと思う

のです。






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